現在の医療危機は「立ち去り型の医療崩壊」といわれている。勤務医が立ち去るため、病院の医療がなり立たなくなるのである。勤務医立ち去りの直接原因は、肉体的には過重労働・過労死の危険であり、精神的には医療ミスへの恐怖、および患者・家族からのクレーム・訴訟、検察の介入による精神的ダメージである。これらに対するバックアップ(後方支援)がないから、立ち去らざるをえないのである。
1) 医師法、医療法の改定を
一般の労働者は、労働基準法によって、雇用者に対する被雇用者という弱い立場が守られている。病院勤務医という特殊な労働者は、その労働環境を規定する医師法・医療法によって、その弱い立場が守られているだろうか。現状は逆である。医師法のいわゆる「応召義務」規定は、勤務医に過重労働を無制限に強制している。医療法の存在は、病院開設者(あるいは管理者?)に対して、労働基準法における雇用者としての義務からまぬがれるかのように作用している。これらの法律を変えなければ立ち去りは止まらない。
第一には、「応招義務」規定を医師法から医療法へ移すことである。病院開設者(あるいは管理者?)が、勤務医を介して、「応招義務」に対応するように規定するのである。そして第二には、医療法第3章「医療の安全の確保」に「勤務医の過重労働の抑止」を加えることである。パイロットの勤務規定に見られるように、安全の確保に過重労働の抑止は当然必要なことである。これらの医師法・医療法改定により、過労死の危険・医療ミスへの恐怖から勤務医が救われることになるのである。
制定時のままの医師法・医療法の内容と、現場の医療状況とが合わなくなっているのであり、そのしわ寄せが勤務医にあらわれているのである。
2) 患者クレームの受け皿を。
企業のモラル・ハザード(倫理崩壊)は情報格差があるため起こり得る。企業は情報提供に努力するし、また相談窓口を設けて消費者からのクレームに対応する。この様な対応が医療界においても必要である。
医師の倫理崩壊が患者に多大の被害を与えた反省から、医師はインフォームド・コンセント(I.C)を受け入れた。そして「(医師に)お任せの医療」から「(患者の)自己決定の医療」に変化した。患者にとってのI.Cは権利であり、医師にとってのI.Cの意味は情報提供(開示)の義務である。しかし、医師がいくら努力しても医師に優位の情報格差は残る。患者にとって都合の悪い診療結果がおこると、「情報格差に基づくため」として患者からのクレーム・訴訟につながり得る。これは患者としての権利行使である。I.Cを受け入れたときに、医療提供側としては受け皿を作っておくべきであった。いわば消費者相談窓口の設置である。
病院、学会、医師会などに受け皿を設置することが考えられるが、訴訟を考えると専門家集団である学会の受け皿が最も重要である。医療内容に対する専門家集団の統一見解は、たとえ訴訟になっても意見書あるいは鑑定書として役立つであろう。
そのような受け皿は勤務医(だけでなく医師全体にとって)のバックアップとなる。
3) 倫理指針の改定を。
立ち去り型医療崩壊のおこる底流に医療不信がある。患者からのクレーム・訴訟の増加に、医療不信の存在が大きく影響している。クレーム・訴訟を減らすには医療不信を無くさなければならない。現在の医療不信の源流は「和田心臓移植事件」である。検察が告発を不起訴として3年後、日本弁護士連合会が和田教授に警告文を出した。その内容は「対診せずして移植するべからず」というものだ。昭和26年制定の日本医師会「医師の倫理」の中に「対診のすすめ」がある。和田教授はこの倫理指針を守らなかったのだ。内部で起こった倫理崩壊に対して、日本の医療界は正式な反省を表明しなかった。外部(日本弁護士連合会)から警告され、そして医療不信が残った。
現在も医療不信が続いている。その理由は何か。倫理指針の構成にある。現在の日本医師会制定「医師の職業倫理指針」にも、倫理崩壊に対する対応の記載がないのである。各学会もそのような倫理指針を持っていない。現在の日本の医療界は、倫理崩壊に対して内部で対応し得ないのである。医療不信が続くのは当たり前であり、プロフェッショナル・オートノミーは望むべくもない。
医療不信をなくすには倫理指針の構成を変えなければならない。倫理指針の最後に倫理崩壊への対応を記載しなければならない。その見本は緒方洪庵「扶氏医戒之略」であろう。
(日医ニュース No. 1147 2009. 6. 20「勤務医のページ」に発表)



